明日の苦労を背負い込まない
だから、明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。その日の苦労は、その日だけで十分である。(マタイによる福音書 / 6章 34節)
聖書を読んでいると、その聖句に触れると、必ず立ち止まってしまう箇所が、いくつかある。マタイによる福音書、第6章25節以下も、そうだろう。
先日、20人ほどのご婦人たちとこの箇所を読んだ。おそらく、そこに集まった方たち、また、今、この記事を読んで下さっているあなたも、苦労がなかった一日など無いに違いない。誰でも、大なり小なり、その日の苦労があり、試練があり、心配事がある。それら一つ一つを、気に病めば、ますます不安で心が重くなる。そこで、主イエスは、「思い悩むな」と言われたのだろうか。
改めて、6章の最初から読み直してみた。5節からは、主の祈りが書かれている。そして、何度も何度も、記されているのは、神の国と神の義を求めること。神のご支配のあるところ、私たちの必要なものは全て主によって与えられるという。
主の祈りの中に、
「わたしたちに必要な糧を今日与えてください。 」(11)
がある。明日の糧ではない、あさっての糧も、でもない。今日の糧である。イスラエルの民が、エジプトを出たあと、荒れ野で食べ物が無くなったときも、主なる神は、【今日】食べるマナを与え、【今日】食べるウズラを降らせた。
あのときも、【食べるものが再びなくなるかも知れない】と不安にかられた何人かの人は、明日のマナを集め、明日のウズラを捕ったが、何にもならなかった。
私たちは、あすの糧ばかりが、明日の労苦、あさっての不安まで抱え込んではいないだろうか。あすの労苦を抱え込んでしまって、今日、主が助けを与えて下さっている恵を、見失ってはないなだろうか。
あすの労苦まで抱え込む必要はないのだ。今日、主によって助けられて歩む、そのことを感謝し、希望を持とう。明日には、あすの助けがまた与えられるのだから。そして、私たちがつなぐ希望は、きっと闇のように見える試練に、光と勝利をもたらすのだから。
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