神の前の沈黙
主なる神の御前に沈黙せよ。主の日は近づいている。ゼファニヤ書 / 1章 7節
主なる神の御前に沈黙せよ。主の日は近づいている(7節)
「主の日」は恐ろしい世界の破滅を意味する日ではないのです。たしかに、神による裁きが行われる日ではありますが、滅びではなく救いの成就の日なのです。そのときに、神のみ前に沈黙せよと預言者は語るのです。神のみ前に沈黙し、自らの罪を告白し、その裁きを待つのです。
先週の記事にも書きましたが、その時に私たちはただ一人で神様の前に立つことはありません。私たちの主、イエス・キリストが私たちの傍らに立ち、私たちをとりなしてくださるのです。そのような仲保者を用意されたのは、ほかならぬ神様であります。
受難節の期間もだいぶ進んできました。神様の前に沈黙して、祈りましょう。
☆祈るために☆
「どのような祈ればいいのか」と思う方はありませんか。キリスト者であっても「祈りの言葉を失う」ということもあります。そのようなことで、悲しくなっている人はいないでしょうか。まず、主イエスが教えてくださった、「主の祈」を祈りましょう。もっと豊かに祈りの言葉を学びたいという方には、
「祈り」加藤 常昭 (著) 日本キリスト教団出版局がお勧めです。
なお、「主の祈」も加藤常昭先生の「祈り」もFEBCのインターネット放送で朗読を聞くことができます。
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