新しい年の祝福を
今年は、いろいろなことがあって、なかなか御言葉をアップすることが出来ませんでした。
期待して見に来て下さった方・・・、すみません。
でも、少しずつでも、記事を載せていきたいと思います。
来年は、今の教会に来て5年目になります。節目の年になるかなぁ。
新しい年も、皆様の上に主の祝福が豊かでありますように。
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今年は、いろいろなことがあって、なかなか御言葉をアップすることが出来ませんでした。
期待して見に来て下さった方・・・、すみません。
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来年は、今の教会に来て5年目になります。節目の年になるかなぁ。
新しい年も、皆様の上に主の祝福が豊かでありますように。
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長いこと、今週の御言葉を休んでおりました。すみません。
山賀さん。個人的に色々あって、落ち込むことの多い日を過ごしています。
しかし、世の中、だんだん春めいてきました。いつまでも落ち込んでいるわけにも行かないので、とりあえず、テンプレを春らしくしてみた・・・というわけです。
教会暦では、今年は2月21日から受難節に入りました。主イエス・キリストのみ苦しみを思いつつ、復活祭「イースター」までの時を過ごすわけです。
受難節には、徳に派手なことをしないとか言うことで、結婚式を執り行わない教会もあるし、人によっては酒や肉食を絶つ人もいます。
まあ、それはそれで良いんだけれど、中には、「クリスマスはお祝いの時、受難節は暗く沈んだとき」と思っている人がいます。それもキリスト教の信仰を持っている人の中に!!!!
山賀さんも、キリスト教徒でありますが、そんなこと、思ったこともありませんので、どはぁぁぁ、と驚きました。イエス様のみ苦しみは、確かに私の罪のためです。私が受けなければならなかった償いを、イエス様が担って下さったのも確かです。でもそれは、十字架のイエス様を見て、私たちがかっかりしたり、悔やんだりするためではなかったはずです。
神様は、私たちが罪のうちに死んではならない、生きなさいと言われた。そのために救いの道として、主イエスの十字架の死と復活があったのです。だから、受難節は、そのことに思いめぐらし、聖書を読み、祈りをするときであって、暗くうち沈むのではなく、むしろその反対に救われたことへの感謝を表すときだと教わりました。そして、同じように苦しんでいる人たちのために執り成し、悲しみを共に担うときだと教わったのです。
罪の姿ばかりを見つめて悔やむのではなく、悔い改めて、神様の方を見上げるときではないのかな。
ということで、今日はお休みの日。これからさらに気分転換を図るべく、ケーキでも焼こうかと思っています。
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いや、参った、参った。
ンでもって、しばらく更新ができなくてすみません。
なんと言っても教会は、クリスマスが一番忙しいです。アドベントに入る前から、クリスマスの計画に入り、アドベント・クランツの準備、降誕劇の準備、クッキー焼いたり、星の飾りを作ったり・・・。今年は、一人の受洗者が与えられて、「おめでとうー」って喜んだのはいいのですが、えっ、ここの教会ってクッション(洗礼を受ける時にひざまずくための)がない。で、急遽、チクチクもしました。教会の方たちと一緒に、あっちこっちにビラまきにも行ったし。
でも、だからクリスマスは本当に恵みの時ですね。今年もたくさんの新しい顔と出会うことができました。もうへとへとだけど、主の恵みに生かされている方たちの力を見ることが出来ました。
さあ、もう一踏ん張りして、今日からはおせちの準備にかかります。そして、年が明けたら、教会に来ることのできなかった一人のお婆さまの所に、聖餐を持って訪問です。
あっ、今まで黙っていてすみません。私、牧師です。
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日本時間の夕刻、また、衝撃のニュースが世界を揺るがせました。
ロンドンには知人のご子息一家が働いています。別の知人のご家族も暮らしています。
多くの方の安全と、被害に遭われた方の慰めを祈らずにはいられません。
気になることがあります。このようなニュースが報じられるたびに、繰り返しテレビから、ラジオから流れてくる言葉があります。
「テロとの闘いは続く。」
このような悲劇を繰り返さない手だては、闘うことしかないのでしょうか。単純なことから考えてみましょう。
喧嘩をしたとします。どちらかが負けを認める、あるいはどちらかが闘えなくなるまで喧嘩を続けることがよいことでしょうか。素手での殴り合いの喧嘩でも、途中で止めなければどちらかが死にます。そうなっては取り返しが付きません。
確かに、テロリストの手口は卑劣です。問答無用の感があります。対抗する国々の政治家たちの言い分もしかりです。「テロリストは卑劣だ。こちらも問答無用で闘うしかない。それによって国の安全を守るのだ。」
そういって一人が拳を挙げ、賛同するものたちが拳を挙げ、それから一体幾人の人の血が流れされたのでしょうか。
闘いのさなかに死んだ人に対しては「英雄」の称号を持ってまつりあげます。「これらの人々の貴い犠牲の上に平和は守られた」というのです。過去の大戦於いても、現在行われている戦争に於いても、同じ事が言われています。「貴い犠牲」と言われても、死んだ人は帰りません。貴い犠牲などということが、あるのでしょうか。
素手にしろ、飛び道具にしろ、ひとたび闘い始めてしまえば、そこには加害者も被害者もありません。それに関わる人、否、関わらないのに巻き込まれた人、みんなが不幸になります。戦争は悲しみと憎しみしか生み出さないのです。
「闘いは続く」。続くのではなく、止めなければ、本当の平和は実現しないのではないのではないでしょうか。
その意味でも、日本は勇気を持って、この闘いから手を引いて欲しいです。
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郵政法案がニュースをにぎわしています。あまり私は政治に強くありませんが、「党議拘束」というのがよく分かりません。「党員ならば従え」というのでしょうか。意見が分かれているのに、法案を出すこと自体に、誤りはないのでしょうか。反対票を投じた議員の処分というのも分かりません。多数決で通れば、反対をしたものはじゃまだ、消えろと言うことでしょうか。
郵便を民営化すると言うことは、それが競争の社会にはいると言うことです。競争に勝たなくては、経営は成り立ちません。経営が危機を迎えれば、それをしのぐ策が必要になります。しかし、利用者に負担を強いることで策が講じられるならば、これは大きな問題です。
かつて、すでに郵便が民営化されているドイツでとんでもない目に遭いました。Deutsche Postが経営をスリムにするという名目で、郵便局とポストを減らしたのです。郵便局は町の文房具屋さんやガソリンスタンド、等に委託されました。しかし、郵便の仕事は複雑、多岐にわたります。いくら研修を受けても、委託された側が完全に出来ることではありませんでした。また、委託された側に対しても不利な条件で、契約が結ばれたそうです。その結果、委託業務を辞めるところもでました。実質上、郵便局が町から無くなったのです。
ポストは、1キロ以内に一つあればいいと言うことで次々に取り外されました。困ったのはお年寄りです。ポストに手紙を入れることが困難になりました。
私の住んでいた町も同様でした。当時は、帰国の準備をしていましたので、郵便局が委託になりとても困りました。本を「特別郵袋」で送ろうと考えていたのです。貧乏な留学生でしたから、運送会社を使うのは無理でした。ところが、Deutsche Postのパンフレットにはそのサービスの案内が書かれているのに、郵便を委託された店のおばさんは「そのサービスは終わっている」というのです。パンフレットを示して問いつめると「知らないよ、そんなこと」というのです。郵便局のおじさんは、何でも教えてくれたのに。
仕方なく、インターネットで窓口を見つけ、電話で問い合わせることになりました。郵便局の人が対応してくれました。その説明の親切、わかりやすいこと。結局、自宅まで収集にきてくれることになり、たくさんの荷物を日本に持ち帰ることが出来ました。
「郵政民営化」の文字を見ると、悪夢のような想い出が頭をよぎります。
おそらく、首相をはじめとした議員さんたちは、こんな苦労をしたことはないでしょう。手紙1通も、秘書さんの手によって投函されているんでしょうね。ハァ。
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突然の事故で、母を失った幼い子どもが、つぶやいたと新聞で報道されていました。
こんな小さな子どもでさえ、そう問うのですから、多くの人が同じ呟きをするのは当然でしょう。突然の事故、突然の病、突然の死の宣告…。突然でなくても、愛するものを失う悲しみに、必ずつきまとう問だと思います。
確かに、事故、病は、人間の努力によって防ぐことの出来る部分もあります。その努力を怠ったから、事故が起きた、病にかかったと言うことも出来ます。当然の事ながら、この努力を怠ったために悲劇が起きたのならば、その責任は問われなければなりません。
ただ、わたしたちはいつまでも、悲しみの中にたたずんでいていいのだろうか…と、思うのです。悲しみは人の心を暗くします。暗い心からは憎しみが生まれます。この憎しみは、多くの人をさらに不幸にする力を秘めています。
悲しい出来事に出会って、「泣いてはいけない」というのではありません。泣いていいのです。大きな声を出して嘆いていいのだと思うのです。「なんでやねん」と問うこともゆるされると思います。が、わたしたちはそこにとどまることはゆるされていないと思うのです。
悲しみの涙は、神様ご自身がぬぐって下さいます。そして、わたしたちには全てが明らかにされている訳ではない、ということを知る必要があると思うのです。ただ、確かなことは、神様は今、この時も、わたしたちを取り囲む悪や悲しみと、わたしたちの思い以上に戦っておられると言うこと、だと思います。
主、自らが、悲しみの中にある方々の涙をぬぐって下さいますように。悲しみの中にある方たちが、そこにうずくまってしまうのではなく、そこらか一歩を踏み出す力を与えて下さい。憎しみではなく、顔を上げて歩く力を与えて下さい。主のみ名によって祈ります。アーメン
◇井ノ川 勝先生 (日本基督教団山田教会牧師)が、大変よい「ヨブ記」の講解をされています。FEBCのHPから聞くことが出来ます。是非、お聞き下さい。
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秋晴れのもと、各地の学校で運動会が開かれたと思います。先日、地元の小学校でもあったのですが、案内を見てびっくりしました。学校敷地内は禁酒。これはもちろんです。しかし、
「喫煙は決められた場所で」えっ、ちょっと待ってください。学校の中でたばこ吸ってもいいんですか。
クラスの先生がちゃんと教えているのに。その努力を水の泡にしちゃって、もう。「覚醒剤や、麻薬って怖いね。人間の脳みそがだめになっちゃうんだって。タバコも同じだって。小さいときから吸っちゃいけないんだって。先生が言っていたよ。」
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教会で葬式がありました。数年前に、近くの老人ホームに入られたと同時に、転入会された高齢の教会員の方でした。ご本人は若い頃に、信仰を持つ方に出会われ、教会に導かれ信仰へと導かれた方でしたが、ご家族の中には他に信仰者はいませんでした。ここ数年は、足や視力の衰えから礼拝に出席することも困難な方でした。ですから、教会の中にも直接お話をした人は少ないのです。
ご家族の中に信仰者がいなかったということもあったのでしょう。葬式は教会で、み言葉はこの中から、讃美歌はこの中から、自分の信仰の歩みは…と、詳しいメモを牧師宛に遺されていました。遺族もその遺志を理解して教会で葬式をすることが出来ました。「近親のものだけで…」と言うことでしたが、礼拝出席が困難であったとはいえ教会員のお一人です。遺族の方にも了解をいただき、駆けつけられる教会員は参列しました。讃美歌の声が大きく響き、祈りの言葉がはっきりと告げられる葬式となりました。
近年、お金ばかりがかさみ、心のこもらない儀式を嫌って、斎場での「お別れ会」と名うった葬式が多くなったと言います。また、1%に満たないキリスト者人口という現状の中で、牧師や教会が特に気を使うのが葬儀だとも思うのです。プロテスタントの教会では死者礼拝をしませんから、故人に向かって呼びかけたり、拝礼をすることはしないのです。でも、感話の時に呼びかけてしまう知人、献花の時に遺影を拝してしまう参列者…。難しいです。
キリスト教の葬儀は、肉体の葬りをする儀式です。神様が造ってくださった肉の体に、神様の息が吹き入れられて人は生きるものとなりました。その肉体を丁寧に葬り、地上の歩みを神様に感謝して礼拝を献げるのです。もちろん、遺族の悲しみの上にも神様の慰めを祈ります。このことをよく心にとめておくことが大切だと思うのです。
今回のように、家族の中で信仰者は私一人、というケースはよくあることです。「死」という悲しみに直面し、牧師に連絡もせずにさっさと葬儀社と連絡を取り、仏式で葬儀を済ませてしまったと言うことも結構あるのです。「死」は悲しい現実ですが、キリスト者においては忌み嫌うものではありません。いつかは訪れるものなのです。そのときのために、準備をしておくことは必要ではないかと思うのです。
今回の葬儀はご本人の葬儀に関するメモがとても役に立ちました。ご自分の地上の歩みの締めくくりを、きちんと考えられていたのです。倣いたいと思います。
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