旅行・地域

2004.12.08

ニュルンベルクのクリスマス市

アドベントの2本目のろうそくがともりました。
この時期にいつも思い出すのは、ドイツのクリスマス。グリュー・ワイン - シナモン、丁字、オレンジで香り付けをした甘い赤ワイン、(白の場合は蜂蜜とレモンで香りがついています)をすすりながら、クリッペを売る店、骨董品を売る店、お菓子を売る店、伝統工芸のオーナメントを売る店等々。
住んでいた町で3日間だけ開かれる小さなクリスマス市もすてきでした。
さて、日本にいながらにして、インターネットでその雰囲気をのぞいてみるのはいかがでしょうか。お勧めは、ニュルンベルクのクリスマス市です。ドイツでも一押しのクリスマス市。そのホームページもなかなかです。いろいろなコンテンツがあって楽しいですよ。特にMarkt Liveでは、夕刻から夜にかけて、市に光がともっていく様子がとてもきれいです。日本時間のも夜中あたりから見てください。現地時間の午後8時でマルクとは終わるので、日本時間午前4時以降は真っ暗になります。

それから、クリスマスに関するいろいろな情報。クリスマス市に登場するクリストキントとは何か。世界の言葉で「クリスマスおめでとう」は何というか。今日のクリスマス市ニュース等々。

残念ながら日本語のサイトはありません。ドイツ語、英語で見ることが出来ます。でも、映像を見るだけでも楽しいよ。
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2004.09.17

促される信仰告白

反対に、皆が預言しているところへ、信者でない人か、教会に来て間もない人が入って来たら、彼は皆から非を悟らされ、皆から罪を指摘され、心の内に隠していたことが明るみに出され、結局、ひれ伏して神を礼拝し、「まことに、神はあなたがたの内におられます」と皆の前で言い表すことになるでしょう。(コリントの信徒への手紙一 / 14章 24-25節)
kobito_lila.gifパウロがここで問題にしているのは、教会の中で異言を語ることについてです。コリントの教会は異邦世界の中にある教会でしたから、異言を語ることでキリストを信じていない人、教会に来て間もない人はどうなるかということが問題になっていたのです。 しかし、ここでパウロはとても大切な点を指摘しています。キリストをまだ信じていない人が教会の信徒の信仰生活を見て、どのように変わるかということです。その人は、まず自らの罪が明らかにされるといいます。神様の方を向いていなかった者が、はっきりと神様の方を向いているキリスト者の群れの中に入ったときに、別の方を向いていたことに気づかされるというのです。そして、神様の方を向いていなかったこと、神を知らなかったことを知らされるというのです。そして、その人自身さえ知ることのなかった心の奥の罪が明るみに出されるというのです。さいごに、「まことに、神はあなたがたの内におられます」と皆の前で言い表す、信仰告白へと導かれるというのです。
近年、多くの教会が「人が来なくなった」と嘆いています。そして、教会をもっと魅力あるものにしようという様々な試みがなされています。教会学校などはその最たるもので、み言葉を伝えることもせずに子どもたちと遊び、単に地域の子供会になってしまっているところすらあるのです。でも、ちょっと待ってください。ただ、人集めのイベントだけならば、そこにはイエス様も神様もいらないのです。それでは伝道にならないのです。
わたしたちの示す方は、救い主、主イエス・キリストではないでしょうか。そして、わたしたちが真の信仰を持って主を指し示すとき、主イエスご自身が働かれ、求道中の方を信仰告白へ導かれるのではないでしょうか。 特に、地方の活動停止に追い込まれている小さな教会の方たちへ。教会興しと町興しをすり違えてはなりません。神様の力を侮ってはなりません。たった一人であっても礼拝を行いましょう。御言葉を読み、祈り、神を拝することから始めましょう。祈り求めて行うならば、神様は必ず応えてくださいます。

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2004.03.24

平和のうちに…

3月23日のお題:忘れられない出会いと別れ 

フィリピン、ミンダナオ島のある村を訪ねたときのことです。もう10年以上も前のこと。現地の少数民族のために、教育や保健の援助協力をしていたカトリックの活動を見学に行きました。
一番の長はアメリカ人の司祭。農業のプロでとても暖かな方でした。ミンダナオ島といえば、イスラム系のゲリラの巣窟のように思われている土地で、滞在中もダバオで神父が狙われたなどの恐ろしいニュースも入ってきました。が、その司祭曰く
「この施設の中は大丈夫だからね。でも、一人歩きはしないように。」
このミッションはイスラム教を信じる村に対しても保健プログラムを持っていましたが、彼らの信仰を尊重してキリスト教の布教活動はしなかったのです。この働きを評価した村人たちを通じてか、このミッションをゲリラたちが襲うということは皆無でした。
現地で主にお世話になったのはマニラっ子のずば抜けて明るいシスター。仕事はとても厳しく、現地スタッフにはテキパキと指示を飛ばしていましたが、いつも笑顔を絶やすことはありませんでした。そのシスターとマニラまで飛行機で行ったときのこと。彼女は座席に座るとロザリオを取り出し、旅の道中の安全(特に飛行機が落っこちないように)との長ーい祈りを始めたのは印象的でした。マニラでは運賃をぼろうとしたタクシーの運転手と大喧嘩。たくましい方でもありました。
薬剤師をしていたシスターも忘れられない一人です。小柄ですが、いつも美しい声で讃美歌を歌ってくれました。ある日、彼女が真剣な顔で「手伝ってほしいんだけど…」と言ってきたことがありました。案内された薬剤庫でびっくり。日本語の書かれた薬がどっさりと置かれているのです。何でも、里親の会の訪問者が置いていったとか。彼女が困ったのは、日本語がわからないので何の薬なのかが理解できないということと、使用期限が年号で書かれているのでわからないとのこと。友人と二人で薬剤庫の整理を手伝いました。もう使用期限のきているものがかなりありましたし、中には「○○医院」と書かれた袋に入ったものまで出てくる始末。
「何年か前に、里親の会の訪問団の中に薬剤師さんがいて、そのときも整理をしたのだけれど、置いていかれる方の好意も無にできないし…」
シスターの苦笑いは今でも覚えています。
シスターたちの下で実際の仕事をしている現地スタッフも忘れられません。マニラまで行って助産婦の資格を取ってきた女の子。オルガンもない奥地の村で、子供たちに合唱を教え、素晴らしい讃美歌を聞かせてくれた地元出身の神父。バイクの後ろに乗せてくれて、あちこちの村を案内してくれた青年。出産に立ち会ってしまった、看護婦さん。そして、現地で出会った子供たち。
今、あの村はどうなっているでしょうか。どの村も決して楽観できる状態ではありませんでした。彼らの仕事の成果が目に見える形で現れるのには、気の遠くなるような時間が必要でした。それでも、自分では目にすることができないであろう未来に向かって、今日の仕事にいそしむ彼らの姿、そして笑顔。状態はよくなるどころか、悪く、難しくなっているかも知れません。しかし、彼らの姿勢と笑顔は変わることがないでしょう。彼らのことを思い出すたびに、それこそが本当の平和を勝ち取るのではないかと、思うのです。
主の祝福がありますように。katatumuri_2rl.gif

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2004.03.02

泉を飾るイースターエッグ

3月2日のお題:春を感じる瞬間

冬の厳しいドイツで、春を感じる瞬間といえば、泉に飾られるイースターエッグでした。
日本からの観光客も多いローテンブルクをもむくめて、ドイツ・フランケン地方では中身を抜いた卵の殻に色を塗り、町の泉に飾る習慣があります。イースターの前後にかの地を訪れたのことある方は、目にされたことがあるでしょう。
このために抜かれた卵の中身は、卵料理になったりお菓子になったりします。ドイツ人はこのころ、「コレステロールが上がる」と注意する人もいるくらいです。
泉を飾らなくとも、各家庭の庭にも卵の飾りが出現します。糸をつけて木につるすと、枯れ木に花が咲いたようににぎやかになります。
今年のイースターは4月11日。そろそろドイツの幼稚園では「中身を抜いた卵を持ってきてね!」のお知らせが出ているんじゃないかしら。

《泉ではないけれど、駅に飾られた卵です》

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